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パワハラの真実 - なぜ「叱る」という概念を捨てるべきなのか

パワハラ

はじめに

「叱られて伸びる人なんていない」

この言葉に違和感を覚える方も多いかもしれません。特に、昭和や平成初期に社会人となった世代には、耳の痛い話かもしれません。しかし、2024年の今、僕たちは職場におけるコミュニケーションのあり方を根本から見直す時期に来ているのです。

深刻化する職場のパワーハラスメント問題

厚生労働省の最新統計によれば、2023年度における職場でのハラスメントの相談件数は過去最高を記録し、前年比で約15%増加しました。さらに衝撃的なのは、従業員の約70%が職場でハラスメントを目撃または経験したと回答していることです。

現代のパワハラの特徴

  • 精神的な攻撃(過度な叱責、人格否定):42.5%
  • 過大な要求:28.7%
  • 人間関係からの切り離し:15.3%
  • その他:13.5%

「叱る」文化の限界

「叱って育てる」という考え方は、かつての日本の高度経済成長期には一定の効果があったのかもしれません。しかし、この方法には致命的な問題があります。

なぜ叱責は効果がないのか

1.防衛本能の発動

  • 叱られると人は自然と防衛態勢に入ります
  • 学習どころか、上司への不信感だけが残ります

2.創造性の阻害

  • 恐怖による萎縮は新しいアイデアの芽を摘みます
  • イノベーションが求められる現代には致命的です

「部下を叱って育てるのがオレノポリシーダ!」 そう豪語する上司の机の上には、だいたい『部下との上手な接し方』『アンガーマネジメント入門』『感情的にならない技術』といった本が密かに積まれているものです。 皮肉なことに、最も成長が必要なのは、「叱って育てる」と信じて疑わない上司たち自身なのかもしれません。

対話による問題解決の重要性

僕は長年の経験から、人を動かすことは不可能だと悟りました。なぜなら、デール・カーネギーの名著「人を動かす」を10回読んで、書いてある通りに実践しても、人は思い通りには動かないからです。

効果的なコミュニケーションの秘訣

1.相手の心理を明確化する支援

問題が発生したとき、多くの人は「なぜそうなったのか」という本質的な部分を見失っています。例えば、締め切りに間に合わなかった部下に対して「怠慢だ」と決めつけるのではなく、「なぜ時間内に終わらなかったのか」をじっくりと探る必要があります。

僕の経験では、相手の話を遮ることなく、まずは最後まで聞くことから始めます。すると興味深いことに、話している本人が自分の感情や考えを整理し始めるんです。「実は先週から眠れていなくて...」「これまでのやり方に違和感があって...」といった本音が少しずつ表面化してきます。

この時、大切なのは「評価」ではなく「理解」に徹することです。相手の感情を「そう感じるのは当然ですね」と全肯定し、必要に応じて「つまり、こういう気持ちだったんですね」と言語化していく。この過程で、相手は自分の内面と向き合うための安全な場所を得ることができるのです。

全肯定!理解の呼吸!壱ノ型 - 受容満開!!!

2.自己発見のプロセスをサポートする

ここで最も重要なのは、答えを与えないことです。代わりに、相手が自分で答えを見つけ出せるような質問を投げかけていきます。

「もし理想的な状況だったら、どうなっていてほしかったですか?」

「その目標に近づくために、明日からできることはありますか?」

このアプローチの素晴らしい点は、相手自身が解決策を見出すことです。外部から押し付けられた解決策は、たとえそれが正しくても、なかなか実行に移せないものです。しかし、自分で考え出した解決策には強い実行力が伴います。

僕はよく、この過程を「一緒に地図を広げる作業」に例えます。目的地(解決策)は相手が決め、そこに至るルートも相手が選ぶ。僕の役割は、地図の読み方を助言したり、時には「ここにも面白い道がありますよ」と選択肢を提示したりすることです。

この方法は時間がかかるように見えて、実は最も効率的です。なぜなら、一度この経験を積むと、次からは自分で問題を解決できるようになっていくからです。叱責による指導は、その場しのぎの対症療法に過ぎません。一方、自己発見のプロセスを支援する方法は、問題解決能力という真の実力を育てることができるのです。

環境改善の重要性

実は、「人を成長させる」より「環境を改善する」方が遥かに効率的です。

例えば、新入社員の成長に悩む企業で、研修を増やしても効果が出ないケースがよくあります。しかし、「分からないことを気軽に聞ける雰囲気作り」「失敗を学びに変える文化の醸成」「必要な情報へのアクセスを改善する」といった環境面の整備を行うと、驚くほど早く成果が表れるものです。

人は適切な環境さえあれば、自ら学び、成長していく力を持っています。上司の仕事は「人を育てる」ことではなく、「成長できる環境を作る」ことなのです。では具体的に、どのような環境整備が効果的なのでしょうか。

具体的な環境改善策

1.物理的環境の最適化

職場環境の物理的な改善は、想像以上に大きな効果をもたらします。僕が以前関わった企業では、固定席だった営業部門をフリーアドレス化したところ、驚くべき変化が起きました。それまで上司と部下が向かい合って座っていた配置が解消され、自然とチーム内のコミュニケーションが活発になったのです。

また、最近のケースでは、防音のミーティングブースを設置した企業があります。「些細な質問でも、周りの目を気にせず相談できる」という声が増え、初歩的なミスの防止にもつながりました。上司に叱られることを恐れて質問できない…という状況を、物理的な環境改善で解決できたのです。

ツールの面では、適切なコミュニケーションツールの導入も重要です。例えば、チャットツールの活用により、従来の「声で怒鳴る」という形のパワハラが激減したケースもあります。文字ベースのコミュニケーションは、感情的になりにくく、また記録が残ることで、より慎重な言葉選びを促す効果があるのです。

2.心理的環境の整備

心理的安全性という言葉をよく耳にしますが、これは単なるビジネス用語ではありません。「失敗しても大丈夫」という環境があってこそ、イノベーションは生まれるのです。

僕が関わったあるIT企業では、毎週金曜日に「失敗共有会」を実施しています。その週に起きた失敗を、笑い話として共有する場です。重要なのは、この会では「なぜ失敗したか」ではなく、「この失敗から何を学べるか」に焦点を当てることです。すると興味深いことに、深刻な失敗が激減したのです。なぜなら、小さな失敗の段階で気軽に相談できるようになったからです。

オープンなコミュニケーション文化の醸成には、経営層の本気度が試されます。ある企業では、社長自身が毎月「私の失敗報告」をイントラネットで公開しています。「トップが自分の失敗を認められる」という姿勢が、組織全体に大きな影響を与えているのです。

実は、環境改善のアプローチは、「叱って育てる」という古い方法よりもはるかにコストパフォーマンスが高いのです。人を変えようとするのは、並大抵の努力では達成できません。しかし、環境を変えることで、人は自然と変化していくのです。それは、まるで良い土壌に植物を植えるようなものです。適切な環境さえ整えば、人は自ら成長しようとする力を持っているのです。

この考え方は、「マネジメント」という言葉の本来の意味に立ち返ることでもあります。マネジメントの語源は、馬を扱うことを意味する「手綱を取る」という言葉だそうです。しかし、良い騎手は決して馬を鞭で打ちません。適切な環境を整え、馬が持つ本来の力を引き出すのです。現代の組織マネジメントも、まさにこれと同じではないでしょうか。

法的な観点から見たパワハラ

2020年6月から、パワハラ防止法が全面施行され、企業にはパワハラ防止措置が義務付けられています。

企業に求められる対応

  1. 相談窓口の設置
  2. 防止方針の明確化
  3. 研修の実施
  4. 迅速な対応体制の整備

まとめ:新しい時代のリーダーシップへ

パワハラ(叱責)による指導は、もはや時代遅れと言わざるを得ません。これからのリーダーに求められるのは対話力、環境整備能力、心理的洞察力です。

最後に、ある若手社員の言葉を紹介して締めくくりたいと思います。

「叱られて学んだことは、『この上司にはなりたくない』ということだけでした」

この言葉には、現代の職場が抱える本質的な課題が集約されているのではないでしょうか。

リーダーシップとは、恐怖で人を動かすことではなく、可能性を引き出すことなのです。

古沢かずよし

古沢かずよし

政策研究から導く解決策を発信中。こども虐待死を無くす為の具体的改革案によって、現場と政策をつなぎ救える命を救う。メディア向け執筆依頼も承ります。

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