現状と課題
専門性の不足
現在の社会的養護の現場では、保育士や児童指導員が中心となってケアを行っていますが、被虐待児や発達障害児など、特別なケアを必要とする子どもたちへの専門的な対応が十分にできていない状況があります。特に以下の点が課題となっています。
- トラウマを抱えた子どもへの心理的ケアの専門性不足
- 発達障害等への専門的な支援スキルの不足
- 家族再統合に向けた専門的アプローチの不足
- 自立支援プログラムの専門的実施体制の不足
処遇面の課題
児童養護施設等の職員の待遇は、その業務の専門性や困難性に比して著しく低い水準にとどまっています。現在の給与水準では、夜勤や変則勤務を含む過酷な勤務環境にもかかわらず、生活設計を立てることが困難な状況です。さらに、継続的な研修機会も限られており、専門性を高めるための自己研鑽の機会も十分に確保されていません。
職員のキャリアパスも不明確で、経験を積んでも待遇や役割があまり変わらないことが多く、長期的な展望を持って働き続けることが難しい状況となっています。このことは、職員のモチベーション低下にもつながっており、結果として子どもたちへのケアの質にも影響を及ぼしています。
人材確保の困難
上記の課題により、必要な人材の確保が極めて困難な状況が続いています。慢性的な人手不足により、現場の職員は過重な負担を強いられており、それがさらなる早期離職を招くという悪循環に陥っています。特に経験豊富な職員の確保が難しく、施設内での知識やノウハウの蓄積・伝承が十分にできていません。
また、男性職員の確保が特に困難となっており、多くの施設で女性職員に偏った状況が続いています。これは子どもたちにとって必要な男女のロールモデルを提供する上で大きな課題となっています。
解決に向けた具体的施策
1. 児童養育士制度の創設
資格要件
- 国家資格として位置づけ
- 3年制の専門教育修了を基本要件に
- 5年ごとの資格更新制を導入
- 既存の保育士等からの移行制度も整備
養成カリキュラム
必修科目として以下を設定。
- 発達心理学(特に愛着理論)
- トラウマインフォームドケア
- 発達障害支援論
- 家族支援論
- ソーシャルワーク
- 自立支援理論
- 権利擁護論
- 精神医学基礎
- カウンセリング技法
- ケースマネジメント
2. 国立児童養育専門学校の設置
設置計画
- 全国8ブロックに各1校、計8校を設置
- 1学年定員80名×3学年=240名体制
- 寮施設を完備し、全国から学生を受け入れ
- 実習施設を併設
教育体制
- 実務経験豊富な教員の確保
- 現場実習の重視(総時間の3分の1以上)
- 少人数制の演習・実習
- オンライン学習システムの導入
3. 処遇・キャリアパスの確立
給与体系
- 初任給:月額35万円程度
- 夜勤手当:1回1万円以上
- 特殊業務手当:月額5万円
- 昇給・昇格の明確な基準設定
キャリアパス
- 指導的職員(経験5年以上)
- スーパーバイザー(経験10年以上)
- 施設長候補(経験15年以上)
- 専門分野別のスペシャリストコース
実現に向けた課題
制度設計上の課題
既存の資格制度との関係性の整理や、詳細なカリキュラムの設計など、制度面での課題が山積しています。特に、保育士や社会福祉士など既存の資格との役割分担を明確にし、効果的な連携体制を構築する必要があります。また、資格更新制度の具体的な運用方法についても、現場の実態を踏まえた慎重な検討が求められます。
財政的課題
- 養成校設置費用:1校あたり約50億円
- 運営費:年間約10億円/校
- 処遇改善に伴う人件費増:年間約1,000億円
- 奨学金制度の創設:年間約20億円
人材確保の課題
養成校の教員確保や実習先との連携体制の構築など、教育体制の整備に関する課題があります。特に、実務経験が豊富で教育者としての資質も備えた教員の確保は、制度の成否を左右する重要な課題となります。
期待される効果
直接的効果
- ケアの質の向上
- 子どもの心理的安定の促進
- 発達支援の充実
- 家族再統合の促進
- 自立支援の強化
波及効果
- 職員の定着率向上
- 施設全体の専門性向上
- 社会的養護の質的向上
- 新たな雇用創出
- 福祉人材の地位向上
おわりに
児童養育士制度の創設は、社会的養護の質を根本的に向上させる重要な施策です。確かに、制度の立ち上げには多額の予算と時間を要しますが、それは子どもたちの未来への必要不可欠な投資として捉えるべきものです。
特に、専門性の確立と処遇改善を同時に実現することで、安定的な人材確保と質の高いケアの提供が可能となります。これは、支援を必要とする子どもたち一人一人の健やかな成長を保障するために、社会が果たすべき責任でもあります。
本制度の実現に向けては、段階的な導入も含めて検討しながら、できる限り速やかに具体化を進めていく必要があります。それは、次世代を担う子どもたちのために、私たちが今なすべき最も重要な改革の一つなのです。