現状と問題点
我が国における児童虐待は依然として深刻な社会問題となっています。令和5年度の児童相談所における児童虐待相談対応件数は20万件を超える状況です。特に重大な事案においては、教育機関や医療機関が関与していながらも適切な対応がなされず、取り返しのつかない結果となるケースが後を絶たない状況です。
特に深刻な問題として、現場の教職員や医療従事者が、保護者からの反発や抗議を懸念するあまり、踏み込んだ調査や介入を躊躇してしまう実態があります。「親権」を過度に意識するあまり、子どもの命と安全を守るための必要な確認行為さえ実施できないケースが多発しています。例えば、明らかに不自然な傷やあざが確認されても、保護者の説明をそのまま受け入れざるを得ない状況や、欠席が続いても強制的な立ち入り調査ができないまま、重大な結果に至るケースが後を絶ちません。
現行の児童虐待防止法及び児童福祉法においては、虐待を発見した際の通告義務は規定されていますが、関係機関における具体的な発見方法や対応手順については明確な規定が存在していません。また、各関係機関の連携体制についても法的な裏付けが不十分であり、情報共有や介入の基準が不明確な状態となっています。特に、保護者の同意なく子どもの安全確認を行える範囲や、立ち入り調査を実施できる要件が曖昧であり、現場の判断に過度な負担がかかっている状況です。
このような法制度上の不備により、虐待の早期発見と適切な介入が遅れる事態が生じています。特に教育・保育施設及び医療機関といった、子どもと日常的に接する機会を持つ専門機関において、統一的な対応基準が確立されていないことは重大な課題です。加えて、これらの機関が保護者の対応に追われ、本来の役割である子どもの安全確保がおざなりになってしまうという事態も発生しています。子どもの命を守るための介入を、個々の職員の判断や勇気に依存する現状は、早急に改善される必要があります。
このような深刻な状況を改善するためには、子どもの安全確認や必要な調査を行う権限を法的に明確化し、現場の教職員や医療従事者が毅然とした対応を取れる体制を整備することが不可欠です。保護者の権利と子どもの命の安全を比較考量した際、子どもの命を守ることを最優先とする法的根拠を明確にする必要があります。
具体的な解決策
1. 教育機関において
教育機関における児童虐待の早期発見及び防止のため、以下の事項を義務付ける規定を新設します。
2. 保育施設において
保育所、幼稚園及び認定こども園における虐待の早期発見体制として、以下の事項を規定します。
3. 医療機関において
医療機関における虐待の発見及び通告に関して、以下の事項を規定します。
実現に向けた課題
本法案の実現に向けては、以下の課題への対応が必要となります。
まず、法制度上の課題として、個人情報保護法との整合性の確保が挙げられます。特に関係機関間での情報共有については、プライバシー保護との均衡を図りつつ、具体的な要件及び手続きを定める必要があります。
次に、実務上の課題として、専門職の人材確保が挙げられます。特にスクールソーシャルワーカーについては、必置規定を実現するための人材育成及び処遇改善が必要となります。
さらに、財政上の課題として、新たな体制整備に係る費用負担の問題があります。国及び地方公共団体の財政措置について、明確な規定を設ける必要があります。
期待される効果
本法案の制定により、以下の効果が期待されます。
- 虐待の早期発見率の向上 教育・保育・医療機関における統一的な発見基準の確立により、潜在的な虐待案件の掘り起こしが進み、早期発見率が50%以上向上することが見込まれます。
- 重篤事案の発生防止 2日連続欠席時の訪問調査義務化により、重大事案に発展する前の段階での介入が可能となり、死亡事案や重度の障害が残るケースを大幅に減少させることができます。
- 関係機関の連携強化 情報共有システムの構築により、各機関が把握した虐待の兆候について、即時の情報共有と組織的な対応が可能となります。これにより、支援の隙間に陥るケースを防止できます。
- 対応基準の統一化 明確な法的基準の設定により、各機関における対応のばらつきが解消され、地域による支援格差の解消につながります。
- 専門職の質の向上 定期的な研修の義務化と、スクールソーシャルワーカーの必置規定により、支援に関わる専門職の知識と対応力が向上します。特に、虐待の兆候を見逃さない観察力の強化が期待できます。
- 社会的認知度の向上 法制化による体制強化が、虐待問題に対する社会全体の認識を深め、地域における見守り機能の向上につながります。
- 被害児童の救済率向上 早期発見と迅速な介入により、虐待環境から救出される児童の割合が増加し、適切な保護・支援につながるケースが増えることが期待されます。
- 再発防止効果の強化 関係機関の継続的な関与と定期的なモニタリングにより、一度発見された家庭における虐待の再発を防止する効果が高まります。
これらの効果は相互に関連しており、包括的な支援体制の確立により、総合的な児童虐待防止の実現が期待できます。
おわりに
本法案は、児童虐待の早期発見及び防止のための関係機関の体制強化を目的とするものです。その実現には、国及び地方公共団体の強い意志と、関係機関の緊密な連携が不可欠です。
今後は、本法案の趣旨に基づき、具体的な政省令の整備及び予算措置を進めていく必要があります。また、法施行後の効果検証を行い、必要に応じて見直しを行うことで、より実効性のある制度として確立していくことが求められます。
児童虐待は、次世代を担う子どもたちの生命及び健全な発達に関わる重大な人権侵害です。本法案の制定により、全ての子どもたちの安全と幸せが守られる社会の実現に向けて、大きな一歩を踏み出すことができるものと確信しています。