現状と問題点
児童虐待対応において、子どもの生命を守ることは最優先の課題です。そのため、疑わしい場合は保護を優先するという原則は不可欠であり、その結果として誤認保護は必然的に発生します。
ただ現状では、誤認保護により深刻な問題が発生しています。保護された子どもの学業や友人関係の中断、保護者の休職や失職、家族の精神的苦痛、社会的信用の低下など、当事者家族は多大な不利益を被っています。これらの問題を解決しないまま、単に誤認保護への理解を求めることは適切ではありません。
私たちは、誤認保護による具体的な不利益を最小化するための制度を整備しながら、同時に「子どもの命を守るために誤認保護は避けられない」という社会的理解を醸成していく必要があります。
保護体制の不足と構造的課題
児童相談所は深刻な人員不足と体制の限界に直面しています。保護が必要なケースであっても、施設収容能力や人員体制の制約により、適切な保護対応ができていない状況が続いています。この状況は以下のような問題を引き起こしています。
専門性の不足と権限の不均衡
児童相談所では、職員の専門性確保が大きな課題となっています。現状では、わずか数日間の研修を受けただけの職員に、親子分離という重大な決定を下す強力な権限が与えられています。この権限と専門性のギャップにより、職員は適切なアセスメントを行うことが困難な状況に置かれています。
その結果、誤った保護判断のリスクが高まるだけでなく、重大な決定を下さなければならない職員自身が大きな精神的負担を抱えることになっています。こうした状況は、子どもの権利を守るという児童相談所の本来の機能を著しく低下させることにつながっています。
監督機能の欠如
児童相談所は独立した機関として運営されていますが、その活動を監督する第三者機関が存在しません。これにより、
- 誤認保護の実態把握が困難
- 不適切な対応の是正機会の喪失
- 被保護児童や家族の権利擁護の不足
という問題が生じています。
解決策の具体案
1. 支援と介入の機能分離と基礎自治体への移管
児童保護システムを「支援」と「介入」に明確に分離し、より効果的な体制を構築します。
支援機能:基礎自治体(市区町村)に移管し、地域に密着した継続的な支援を実現。家庭児童相談室や子育て支援センターなど、既存の地域資源と連携した予防的支援や家族支援を展開。
介入機能:従来通り都道府県等の広域自治体が担当。警察との連携を強化し、より専門性の高いアセスメントに基づく保護判断と介入を実施。警察の知見や情報を活用することで、より正確な状況把握と適切な介入判断が可能に。
この再編により、支援はより身近な行政機関が担い、介入は専門性を持った広域機関が警察と連携しながら担当するという明確な役割分担が可能となります。これは現行の都道府県による管理体制を活かしつつ、その機能を強化・改善するものです。
2. 誤認保護による具体的な問題への対応と社会的理解の促進
誤認保護により発生している具体的な問題に対応するための包括的な支援・補償制度を確立します。
学業・教育面での支援
- 学習の継続性確保のための特別プログラムの提供
- 学校との調整・復帰支援
- 転校が必要な場合の手続き支援
就労・経済面での支援
- 保護者の休職・失職に対する補償
- 弁護士費用等の法的支援費用の補填
- 一時的な生活費補助
心理・社会的支援
- 家族全体への心理カウンセリングの提供
- 地域社会での関係修復支援
- 職場や近隣との関係調整支援
これらの具体的な支援制度を整備・実施することで、誤認保護による不利益を最小限に抑えます。その上で、子どもの命を守るために誤認保護が避けられない場合があることへの社会的理解を促進していきます。
3. 子どもの意見表明権の保障と子どもアドボケイトの配置
一時保護における子どもの意見表明権を実質的に保障するため、すべての一時保護所に訓練された子どもアドボケイトを必置とします。
これにより、形式的な意見聴取ではなく、子どもの最善の利益を実現する実質的な支援体制を確立します。
4. 第三者監督機関の設置
児童相談所の活動を監督する独立した第三者機関を設置します。この機関は、
- 保護判断の適切性評価
- 苦情処理システムの運営
- 定期的な業務監査
- 改善提言の実施
を担当します。
5. 専門性強化システムの構築
児童福祉司の専門性強化に向けて、包括的な研修システムを構築します。まず1年間の実地研修期間を設け、この間に段階的に権限を付与する制度を導入します。
また、経験豊富な上級職員による定期的なスーパービジョンを実施し、児童福祉司の判断をサポートします。さらに、最新の知識と技術を習得するための専門研修を継続的に受講することを義務付けます。このシステムにより、児童福祉司の専門性を着実に向上させていきます。
実現に向けた課題
法制度の整備
本政策を実現するためには、児童福祉法の大幅な改正が必要です。特に、誤認保護に対する補償制度を法的に位置づけ、その権利性を明確化する必要があります。
また、児童相談所への第三者監督機関の設置についても、その権限と責任を法的に明確にすることで、実効性のある監督体制を確立します。これらの法整備により、子どもの権利保護と家族支援の両立を制度的に担保します。
財政的課題
本政策の実現には相当規模の財政支出が必要となります。特に、誤認保護への補償制度の運営には安定的な財源の確保が不可欠です。
また、支援と介入の機能分離に伴う人員増加、専門性強化のための研修体制の整備にも相応の予算措置が求められます。これらの財源確保には、国と地方自治体の適切な役割分担が重要です。
組織体制の再編
児童相談所の組織体制は大きな転換期を迎えます。支援機能の基礎自治体への移管に伴い、既存職員の再配置や新規職員の採用基準の見直しが必要です。
また、子どもアドボケイトの配置や第三者機関の設置により、新たな専門職の育成と確保も求められます。これらの組織再編を段階的に進めることで、円滑な制度移行を実現します。
期待される効果
短期的効果
- 誤認保護への社会的理解の向上
- 当事者家族の権利保護の強化
- 職員の専門性向上
中期的効果
- 児童相談所への信頼回復
- 効果的な予防的支援の実現
- 家族再統合の促進
長期的効果
- 児童虐待の実質的な減少
- 社会的養護システムの最適化
- 子どもの権利保障の強化
おわりに
児童虐待対応において、子どもの命を守ることは最優先事項です。そのために、疑わしい場合は保護を優先するという原則は必要不可欠であり、その結果として誤認保護は避けられません。
重要なのは、誤認保護を「やむを得ない」ものとして社会全体で受け入れ、その上で、誤認保護が親子にとって過度な不利益とならないような制度と支援の仕組みを構築することです。
本提言で示した支援と介入の機能分離、誤認保護への理解促進と補償制度の確立、第三者監督機関の設置、そして専門性強化システムの構築は、そのための具体的な方策です。
これらの改革には、法制度の整備や財政的措置など、様々な課題がありますが、子どもたちの命を守りつつ、家族の権利も適切に保護できる社会の実現に向けて、一歩ずつ前進していく必要があります。