政策提言

介入と支援の分離が示す新たな児童福祉のかたち

深刻化する児童虐待問題に対し、現場からは「抜本的な改革が必要」との声が高まっています。

その核となるのが、介入部門と支援部門の完全分離です。この政策は、単なる組織改編を超えて、日本の児童福祉の在り方を根本から見直すものとなります。

現状の児童相談所が抱える構造的問題

二律背反する役割による葛藤

現在の児童相談所では、同一の職員が「介入者」「支援者」という相反する役割を担っています。これは以下のような深刻な問題を引き起こしています。

  • 支援関係構築の困難さ
    強制的な介入を行った職員が、その後同じ家族の支援を担当することで、保護者との信頼関係構築が極めて困難になります。保護者は介入した職員に対して不信感や怒りを抱きやすく、支援の受け入れを拒否するケースも多く見られます。
  • 介入判断の遅れ
    支援関係を重視するあまり、必要な介入のタイミングを逃してしまうことがあります。支援者としての立場から、強制的な介入を躊躇してしまい、結果として子どもの安全確保が遅れるリスクが生じています。
  • 職員の心理的負担の増大
    支援者でありながら介入者としても動かなければならない二重役割により、職員は常に心理的葛藤を抱えています。この状況は精神的な疲弊を招き、バーンアウトのリスクを高めています。
  • 専門性の分散による質の低下
    両方の役割をこなさなければならないため、それぞれの専門性を深めることが困難です。結果として、介入も支援も中途半端になりかねない状況が生じています。

人材育成の課題

  • オールマイティな対応を求められる現状
    現場の職員には、法的知識、心理学的知識、ソーシャルワークのスキルなど、あまりにも広範な能力が求められています。これは新人職員にとって特に大きな負担となり、早期離職の一因となっています。
  • 専門性を深める時間の不足
    日々の緊急対応に追われ、専門的な研修や学習の時間を確保できていません。特に、介入技術と支援技術の両方を学ぶ必要があり、十分な習熟時間が確保できない状況です。
  • 経験の蓄積が困難
    頻繁な人事異動や業務の多様性により、特定分野での深い経験を積むことが困難です。結果として、組織としての専門性の蓄積や継承が十分にできていません。
  • スーパーバイズ体制の脆弱さ
    経験豊富な職員が介入と支援の両方をこなさなければならないため、後進の指導に十分な時間を割けていません。また、介入と支援それぞれの分野でのスーパーバイズが不十分となっています。

分離による具体的な機能強化

介入部門の専門化

司法関連機能の強化

  • 警察との連携強化
    定期的な合同会議の開催や、専門職員の相互派遣制度の確立。虐待通告時の初期対応から、立ち入り調査時の同行まで、シームレスな協力体制を構築します。捜査情報の共有や証拠保全についての明確なプロトコルを設定します。
  • 法的対応の迅速化
    弁護士との常時連携体制の確立や、法的介入の判断基準の明確化。28条申立てなどの法的手続きをより迅速に行えるよう、必要な書類や手続きの標準化を図ります。
  • 証拠収集・記録の標準化
    写真撮影や面接記録など、法的手続きに耐えうる証拠収集方法の確立。客観的な事実確認と記録の方法について、明確なガイドラインを設定します。
  • 強制介入時の手続きの確立
    一時保護や立ち入り調査など、強制的な介入が必要な場合の具体的な手順と基準の明確化。職員の安全確保も含めた実施手順の標準化を行います。

リスクアセスメントの高度化

  • 科学的評価手法の導入
    最新の研究に基づくリスクアセスメントツールの導入。AIや統計的手法を活用した客観的な評価システムの構築により、より精度の高いリスク判定を可能にします。
  • データに基づく判断基準の確立
    過去の事例分析や統計データを活用した、明確な判断基準の設定。地域特性や家族構成などの要因を考慮した、より精緻な評価システムを確立します。
  • 緊急度判定の標準化
    全国共通の緊急度判定基準の導入と、判定結果に基づく対応手順の明確化。夜間・休日の緊急対応についても、明確な基準に基づく判断が可能となります。
  • 予測モデルの活用
    過去の事例データを活用した予測モデルの構築。リスクの将来予測に基づく予防的介入の実現を目指します。

支援部門の機能充実

家族再統合プログラムの確立

  • エビデンスに基づくプログラム開発
    国内外の研究成果や実践例を基に、効果が実証されたプログラムの導入。日本の文化的背景や社会状況に適合した独自のプログラム開発も進めます。
  • 段階的な支援計画の策定
    家族の状況に応じた、きめ細かな段階設定と達成目標の明確化。各段階での評価指標を設定し、進捗管理を可能にします。
  • 効果測定の実施
    支援プログラムの効果を定期的に評価し、必要に応じて修正を行う体制の確立。客観的な指標に基づく評価システムを導入します。
  • 個別化された支援提供
    家族の特性や課題に応じた、オーダーメイドの支援プログラムの提供。文化的背景や経済状況なども考慮した、柔軟な支援体制を構築します。

予防的支援の展開

  • 要支援家庭の早期発見
    保健所や学校、保育所等との連携による早期発見システムの構築。リスク要因を持つ家庭への予防的なアプローチを可能にします。
  • 地域ネットワークの構築
    民生委員や地域の子育て支援団体との連携強化。地域全体で子育て家庭を支える体制づくりを進めます。
  • 予防的介入プログラムの実施
    リスクが顕在化する前の段階での支援プログラムの提供。特に若年層の親や、育児不安を抱える家庭への予防的支援を重点的に行います。
  • 継続的モニタリング体制
    支援終了後も一定期間のフォローアップを行う体制の確立。必要に応じて速やかに支援を再開できる体制を整備します。

組織改革の具体的プロセス

人員体制の再構築

介入部門

  • 法執行経験者の採用
    警察官OBや児童福祉司OBなど、強制介入の経験を持つ人材を積極的に採用。法的な知識と実践経験を活かした介入体制を構築します。また、これらの経験者が新人職員への実地指導を担当することで、技術の継承も図ります。
  • 司法関連研修の充実
    弁護士による定期的な法的研修、警察との合同研修、模擬事例を用いた実践的な研修など、介入に特化した専門研修プログラムを実施。特に、証拠収集や記録作成など、法的手続きに必要なスキルの向上を重視します。
  • リスク評価専門家の配置
    心理や統計の専門家を配置し、科学的な視点でのリスク評価を実施。データ分析や予測モデルの構築・運用を担当し、より客観的な判断基準の確立を目指します。
  • 緊急対応チームの編成
    24時間365日の緊急対応が可能な専門チームを編成。チームリーダーには経験豊富な職員を配置し、緊急時の判断と対応の質を確保します。

支援部門

  • 心理専門職の増員
    臨床心理士や公認心理師の増員により、専門的な心理支援体制を強化。トラウマケアや愛着形成支援など、専門的な心理支援プログラムの提供が可能となります。
  • ソーシャルワーカーの専門性向上
    社会福祉士や精神保健福祉士の専門性を活かした支援体制の確立。継続的な研修や事例検討を通じて、支援技術の向上を図ります。
  • 家族支援専門員の配置
    家族療法や親子関係支援の専門家を配置。家族システム全体を視野に入れた包括的な支援を実現します。
  • 地域連携コーディネーターの設置
    地域の社会資源との連携を専門に担当する職員を配置。学校、医療機関、福祉施設などとの効果的な連携体制を構築します。

情報共有システムの構築

  • 部門間での情報連携プラットフォーム
    介入部門と支援部門が必要な情報を適切に共有できるシステムの構築。個人情報保護に配慮しつつ、必要な情報が速やかに共有される仕組みを確立します。ケース進捗状況や支援計画なども一元管理されます。
  • ケース進捗管理システム
    各ケースの進捗状況をリアルタイムで把握・管理できるシステムの導入。期限管理や対応履歴の記録など、ケースマネジメントの効率化を図ります。
  • リスク評価データベース
    過去の事例データを蓄積し、リスク評価に活用できるデータベースの構築。統計的分析や予測モデルの精度向上に活用します。
  • 支援履歴の一元管理
    家族への支援履歴を一元的に管理し、切れ目のない支援を可能にするシステムの構築。転居ケースへの対応も円滑になります。

改革実現に向けた課題

法制度の整備

  • 児童福祉法改正の必要性
    介入部門と支援部門の分離を法的に位置づけ、それぞれの権限と責任を明確化する法改正が必要です。特に、介入部門の強制的な調査権限の強化や、支援部門による継続的支援の根拠規定の整備が求められます。
  • 介入権限の明確化
    立ち入り調査や一時保護などの介入権限について、より明確な規定を設ける必要があります。特に、保護者の同意が得られない場合の対応について、具体的な手続きを規定することが重要です。
  • 支援提供の法的根拠
    支援部門による各種支援プログラムの実施について、法的な位置づけを明確にする必要があります。特に、家族再統合に向けた支援プログラムへの参加を義務付けるなどの規定も検討が必要です。
  • 個人情報保護との整合性
    部門間での情報共有や、関係機関との連携における個人情報の取り扱いについて、明確なルールを設定する必要があります。

予算確保の問題

  • 人員増加に伴う人件費
    両部門の専門職員の増員に必要な人件費の確保が課題です。特に、心理職や法律職などの専門職の処遇改善も含めた予算措置が必要です。また、24時間体制の維持に必要な時間外手当なども考慮が必要となります。
  • システム構築費用
    情報共有システムの開発・導入費用、保守管理費用の確保が必要です。特に、セキュリティ対策や定期的なアップデートにも継続的な予算確保が求められます。
  • 専門研修費用
    職員の専門性向上のための研修費用、外部講師の招聘費用、研修教材の開発費用などが必要です。オンライン研修システムの構築費用なども含まれます。
  • 施設整備費用
    介入部門と支援部門の物理的な分離に伴う施設整備費用、相談室や面接室の増設費用、セキュリティ設備の整備費用などが必要となります。

移行期の課題

  • 段階的導入のプロセス
    一度に全ての改革を実施することは困難なため、モデル地域での試行実施から始め、段階的に全国展開を図る必要があります。その際、地域の実情に応じた柔軟な導入方法を検討することも重要です。
  • 既存ケースの引継ぎ方法
    現在進行中のケースについて、どちらの部門が担当するか、どのように引き継ぐかの基準を明確にする必要があります。特に、支援の継続性を損なわないよう、慎重な移行計画が求められます。
  • 職員の配置転換
    現職員の適性や希望を考慮しながら、それぞれの部門への配置を決定する必要があります。特に、経験豊富な職員を両部門にバランスよく配置することが重要です。
  • 新体制への順応期間
    職員が新しい体制に慣れるまでの移行期間を設定し、その間のサポート体制を整える必要があります。特に、部門間の連携方法の確立には一定の試行錯誤が必要となります。

期待される効果と展望

直接的効果

  • 介入判断の迅速化
    介入部門が専門化することで、より迅速かつ適切な介入判断が可能になります。特に、緊急性の高いケースへの対応力が向上し、子どもの安全確保がより確実になります。
  • 支援の質的向上
    支援部門が介入業務から解放されることで、より丁寧で専門的な支援が可能になります。家族のニーズに応じた、きめ細かな支援プログラムの提供が実現します。
  • 職員の専門性向上
    それぞれの部門で専門的なスキルを磨くことができ、より高度な専門性の獲得が可能になります。また、職員の心理的負担も軽減され、バーンアウトの防止にもつながります。
  • 業務効率の改善
    役割の明確化により、より効率的な業務遂行が可能になります。また、専門性の向上により、より効果的な支援が実現します。

長期的な影響

  • 児童虐待の予防強化
    早期発見・早期支援の体制が整備されることで、深刻な虐待に至るケースの減少が期待できます。
  • 家族再統合率の向上
    専門的な支援プログラムの提供により、家族の再統合がより確実に進められるようになります。
  • 世代間連鎖の防止
    適切な支援により、虐待の世代間連鎖を断ち切ることが期待できます。
  • 社会的養護の質的向上
    一時保護や施設入所の判断がより適切に行われ、社会的養護全体の質の向上につながります。

最後に

この政策は、子どもの命と権利を守るための重要な一歩です。しかし、その実現には多くの課題があり、慎重かつ計画的な取り組みが必要です。特に、現場の声に耳を傾けながら、実効性のある改革を進めていくことが重要です。

また、この改革は児童相談所だけの問題ではありません。地域全体で子どもを守る体制づくりの一環として、警察や学校、医療機関など、関係機関との連携強化も同時に進めていく必要があります。

子どもたちの未来を守るため、この改革を着実に進めていくことが、私たち社会全体の責務といえるでしょう。

古沢かずよし

古沢かずよし

政策研究から導く解決策を発信中。こども虐待死を無くす為の具体的改革案によって、現場と政策をつなぎ救える命を救う。メディア向け執筆依頼も承ります。

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